長沼石材店の沿革

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長沼石材店の沿革

長沼石材店は、明治時代に創業し、昭和5年(1930年)の金古町への移転以来、群馬県高崎市を拠点に石工技術を受け継いできました。創業から100年近く、石に向き合い、誠実な仕事で地域に根ざしてきた石材店です。

ここでは、代々受け継がれてきた長沼石材店の歩みをご紹介します。

初代 長沼 榮吉(えいきち)

初代・榮吉は明治28年(1895年)、栃木県安蘇郡堀米町(現・佐野市堀米町)に父・多忠、母・ノブの三男として生まれました。上京後、石工の道に進み、皇居御用達の親方のもとで修行を積みました。

独立後は関東各地を巡る「渡り職人」として各地の石工事に携わり、群馬県庁昭和庁舎の建設を機に前橋市に居を構えました。昭和5年(1930年)には現在の高崎市金古町(当時は群馬郡金古町)に転居し、長沼石材店を創業。その後、国会議事堂建設などの大規模建造物にも従事しました。

主な関係建築物

群馬県庁昭和庁舎

昭和3年(1928年)建設。佐藤功一設計による鉄筋コンクリート造3階建の洋風建造物で、1階外壁を擬石タイル張り、2・3階をスクラッチタイル張りとした昭和初期の典型的建築です(出典:文化遺産オンライン「群馬県庁本庁舎」)。平成8年(1996年)に国登録有形文化財に指定されました(出典:群馬県ホームページ)。

国会議事堂

大正9年(1920年)着工、昭和11年(1936年)完成。鉄骨鉄筋コンクリート造で、外装・内装に国産石材が使用されました(出典:Wikipedia「国会議事堂」)。政府の方針により可能な限り国産の建材が使用され、全国から花崗岩や大理石などが集められ、「日本の石材博物館」とも呼ばれています(出典:政府広報オンライン『Highlighting Japan』2021年10月号)。

二代 長沼 貞衛(さだえ)

大正7年(1918年)、榮吉とウタの長男として誕生。父と共に石工の道を歩み始めましたが、第二次世界大戦に出征し、若くして戦死。家業を継ぐことは叶いませんでした。

三代 長沼 正止(まさし)

大正13年(1924年)に生まれ、兄・貞衛、弟・潔と同じく戦時中に徴用され横須賀港で勤務。終戦後に復員し、家業の石材業を一人で守り抜きました。

その後、群馬県内の石材業者をまとめて群馬県石材商工組合の設立に尽力。また、群馬県石工技能士会の立ち上げにも携わり、地域の石工業界の基盤づくりに貢献しました。

四代 長沼 茂(現代表)

現代表の長沼 茂は、石工として50年以上の経験を持つ職人です。代々受け継がれた技術をさらに磨きながら、新しい石工技法の研究や後進の育成にも取り組んでいます。

保有資格・実績

  1. 一級石材施工技能士(石材加工部門・石張り部門)
    石材施工技能士は、厚生労働省が定める技能検定制度に基づく国家資格です。都道府県知事が実施し、石材施工に関する学科および実技試験に合格した者に付与されます(出典:厚生労働省「技能検定制度とは」、Wikipedia「石材施工技能士」)。
  2. 平成21年度(2009年) 群馬県技能競技大会 石材加工部門 第一位
  3. 職業訓練指導員(石材)

日々の仕事を通じて技術の研鑽を重ねています。

五代 長沼 功一(こういち)

現在は見習い石工として修行中。伝統技術を次の世代へつなぐべく、祖父・父の背中を追いながら石と向き合う日々を送っています。

時代を超えて受け継がれる石工の技

長沼石材店は、創業から一貫して誠実なものづくりを大切にしてきました。四代、五代と受け継がれる石工の技と心を、これからも地域の皆様のお役に立てるよう努めてまいります。

当店の取り組みや施工については、長沼石材店とはや施工実績のページもあわせてご覧ください。