月別アーカイブ: 2008年2月

空手と私の成長~その12

続きです。

春の全国選抜大会が終わると、新入生が入ってきます。
夏までの短い間ですが、三学年揃って一番大所帯の時期です。

新一年生にはT先輩の道場の後輩が何人かいました。他にも経験者が数人いて、顧問の先生の子供もいました。
今までに無いほどの高レベルな新入生です。モチロン初心者も半分以上です。
それでも十数人の新入部員が集まりました。

次の大会は春の高校総体です。この大会は勝ち進んでも関東大会までのものですが当然負けるわけにはいきません。
この大会で、私は個人の形の部出場を見合わされました。ケガのこともあるし、それ以上に同期のA宮の成長があったためです。私への反省を促す目的もあったのでしょうか。。

彼は見事に準優勝に輝き関東大会への切符を手に入れました。そしてその関東大会でも5位に入賞します。入部したとき未経験でこの成績はかなり優秀だと言えると思います。凄いセンスの持ち主です。

組手の部はやはり五人目のレギュラーが育たないまま、あれこれオーダーを組みましたが、ベスト8くらいで負けて関東へは行けませんでした。そのときのことはよく憶えています。準々決勝でmixiでもお友達のばやさんのチームと当たって、私は先鋒で出て、一学年下のN君に負けました。

こうやって振り返っても高校の競技空手は大会が多くて、集中して技を練るとか、自力をつけるという期間は少ないように思います。

そうやって、関東大会が終わると次はいよいよ夏のインターハイ県予選です。
この大会では私が個人形の部に出してもらえて、W君に続き準優勝でき、全国大会へ出場することが出来ました。
その夏のインターハイの結果はコチラ
W君は春夏連覇とは行きませんでしたが、3位入賞。
後輩Iも3位入賞と結果を出しています。

私は予選落ちでした。残念。

こうやって、私の高校空手は過ぎていきました。

充実していたし、空手のほかは何もしていない気がします。

クラスでも友達らしい友達は数人で、学校以外で会ったことはありませんでした。
授業中は寝ているか、漫画を読んでいるかで勉強なんてほとんどした覚えがありません。成績も入学するときは学年で2番(ここでも2番に縁がある私。。。)で入り、四月のナントか式で文章も読みました。たぶん国語は入試で100点取ったと思います。自信があったし初めての国語の授業でいきなり「ナガコウってどいつだ?」と教科の先生から聞かれました。アレがたぶんそのことなんだと思います。
卒業するときは見事にクラスでケツから4・5番くらいでした。
校門から出て、ちょっと角を曲がればあるお嬢様女子高の場所も2年生の途中くらいまで知りませんでした。
彼女なんて夢の話で、当時全盛期だったボケットベルも持っていませんでした。

夏の大会が終わり部活を引退してから少しだけクラスの友達と馴染み、途中まで一緒に帰るというのが私の高校時代のやっとの交流でした。

今でも自転車に制服の女の子と二人乗りすることが出来なかったことを後悔しています。(後に立って乗るスタイルね。アレアレ。)もはや叶わぬ夢です。。。

空手道 – livedoor Blog 共通テーマそんな中でも、違う高校へ行った中学校の友達が夜遊びに誘ってくれたときは出かけました。
二ヶ月に一回くらいの日曜休みの前の晩はアチコチ連れて行ってもらいました。
今はどれもなくなってしまいましたが、東急イン地下のKing&Queen、ブルーカフェ、前橋フリーズ、伊勢崎パラダイス(キングギドラとクレイジーAのステージを生で見ました。)、熊谷ヴォーグ…はまだあるかな?そこではなんと当時ZOOのナオヤに遭遇。桐生の方まで行ったこともあります。唯一の趣味らしい趣味でした。

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空手と私の成長~その11

続きです。

いよいよあと3週間で全国大会だというある日の出来事でした。たしか土曜日だったと思います。
午後イッパイを練習し、疲れて部室に引き揚げてきてから後輩に部室の掃除を命じました。
だんだんと温かくなってきて、気持ちもなんだかソワソワしてくるような陽気で新年度にもなるし、先輩方も卒業し部室が完全に私たちの年代で使えるようになったこともあって、そう指示したんだと思います。

そして、掃除が終わるまで校庭に転がっていたサッカーボールが目に入りそれで遊び始めました。こんなことしなきゃよかったのに。。。

そしてそのボールを部室に何故か置いてあった金属バットでゴルフのように打ち出したのです。そうして調子に乗って遊んでいたらグキッと足首をひねってしまいました。
体のなかで大きな音がしました。ただ事じゃないことはすぐにわかりました。
骨は折れていなさそうですが、足首が見る見るうちに腫れてきました。

頭の中でいろんな事が巡ります。

自転車も漕げないし、まともに歩けません。親に電話して病院に連れて行ってもらおうと電話ボックスの前で待っていたら、丁度顧問の先生に出くわしてしまいました。

顛末を報告して「階段から滑りました。」と言いました。

「これで全国優勝は無くなったな。。」

「え!?」

更に汗が出ました。

病院での診察は骨に異常はなく、靭帯を伸ばしてしまったというものでした。

これから二週間はテーピングをギッチリしてリハビリ。
残りの一週間でテーピングをして練習。

という結論に達しました。

それからの三週間のことはあまり思い出したくありませんが、バツの悪いものでした。遊んでいてケガしてしまっては、部員もかける言葉がありません。

ひたすら出来る上半身の練習など、こなしました。

迎えた全国選抜大会は5位に終わりました。
優勝したのは関東選抜で勝っていたS学園でした。

しかし、W君が個人の部で優勝。女子では後輩Iが準優勝、団体の部では3位入賞とかなりいい成績でした。
その時の大会の結果はコチラ

ただ、自分の出場した団体形の5位はなんとも情けなく思います。今でも後悔しています。あの時なんであそこで。。。

結果だけ話せば全国準優勝・全国5位入賞というのは評価してくれる人も大勢いますが、自分ではなんでもっと出来なかったんだろう?と思っています。
なかなか簡単に出来る経験ではないということはありがたく思っています。

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空手と私の成長~その10

続きです。その10になっちゃいました。長くなったな…。

秋の新人戦の結果を受けて、次の関東選抜大会そして春の全国選抜大会へ向けての練習が始まります。
組手の部はWくんのみの出場なので、全体的には【形の部】重視の練習体系になってきます。
この競技は反復練習あるのみなので、何度繰り返したかわかりません。たぶん、一生忘れることができないと思います。

秋から冬の時期にまさに『辛抱』という言葉がピッタリではないでしょうか。

年が明けて二月、いよいよ関東選抜大会がやってきました。その7でも書きましたが、この大会は南北ブロック予選を勝ち抜きさえすれば全国切符が得られます。
それには去年同様通過でき、個人の部でも私とWくんは通過できました。

そして、ブロック予選が終わると統一の決勝戦です。
気合が入ります。

そしてなんと団体形の部では見事、優勝できました。去年、先輩たちと成しえなかった、強豪S学園に勝っての優勝です。

このときばかりは嬉しかったです。
さらに個人の部でも見事にWくんが優勝しました。

女子の部でも入賞し、全国切符を得ることができました。

次の月にある全国選抜大会へ向けて更に集中した練習が始まりました。
このままのペースで行けば、全国優勝も現実味を帯びてきます。

そんなときに事件は起こってしまいました。

つづく。。

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チョコ

チョコレート1

チョコレート1

チョコレート2

チョコレート2

遅ればせながら今年いただいたチョコの写真です。写真には撮り忘れて食べてしまいましたが、このほかに二つもいただいてしまいました。
美味しくいただきました。ありがとうございました。

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絵本原画展

絵本原画展にて

絵本原画展にて

絵本原画展にて2

絵本原画展にて2

絵本原画展にて3

絵本原画展にて3

先日、駅近くの公共施設で開かれた絵本原画展に行きました。タマゴの殻の車も乗れるほど大きなものが置いてあり、写真OKでした。パチリ。

絵本も三冊買いました。二つは普及の名作で私も小さいときに読んでもらったものです。
そして、もう一冊の小さい本は我が子ナガオーが何故か気に入ったようで買いました。駄洒落のような言葉遊びの本で、平仮名ばかりで大人でも一回では上手に言いまわせないような本です。けっこう親父ギャグ満載です。

最終日だったので、大賑わいでした。ちびっ子もたくさん来ていました。キレイなママさんもけっこういました。それも楽しみの一つです。

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雪ダルマ

雪だるま

雪だるま

この前降った雪で作った雪ダルマです。ベタベタの雪だったためすぐに解けてしまいましたから、生活には大きな支障がなくて何よりでした。
狭い間隔で降った二度目の雪に少しは慣れたようですが、ほとんど妻leafが作りました。ナガオーはボーっと立っていたみたいです。

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空手と私の成長~その9

続きです。

鬼のように強かった先輩方が引退して今度は我々が主役のチームがスタートしました。この時点で同期は半分の5人まで減っていました。
そこで私は何と主将に選ばれてしまったのです。立候補は無く投票で決めることになりまして、後輩たちにも「Aに入れろよ。」と軽く話しておきました。
よし、これで万事OKだろう。と思っていたら副顧問の先生が「ナガコウがいいんじゃね~か。」なんて大きな声で独り言を言いやがりました。

この声に後輩たちも反応して私が選ばれてしまったのです。
主将と言ってもやることは体操のときの号令とか、先生方への礼の号令がけとかですが、なんだか参りました。

そんなこんなでまたまた秋の新人戦から大会がスタートです。
形の部の新チームは私とWくん、A宮くん、A、そして後輩で経験者のIでした。
組手の部は私とWくん、動けるデブのS、手足の長いU、そして5人目はいろんな人が努めましたがなかなか伸びず固定出来ませんでした。

伝統の団体型の部はとりあえず優勝でき、個人の部でもW君が優勝、私は準優勝することが出来ました。
しかし、組手の部はW君が個人戦で3位入賞するのがやっとでした。私は準々決勝で敗れ、動けるデブのSも手足の長いUも入賞できませんでした。
団体戦でもたしか準々決勝辺りで負けたと思います。
このチームは組手では結局一度も県大会以上の大会には出場できませんでした。勝つというのはなかなかに難しいです。

それから一期下の代で女子が3人入部してきて、このチームが正式にデビューしこの先形の部でかなり頑張ってくれるのです。一年生ながら入賞し成長していきます。

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空手と私の成長~その8

続きです。

春の全国大会が終わると、新入生が入ってきます。待ちに待った後輩ちゃんのご登場です。
これでやっとエバレルぜ~。

オツコにも行かなくていいし、逆にオツコに行かせられるぜぃ。
と、おそらく先輩方の活躍を知った新入部員は11人集まりました。確か。。
空手経験者は一人でしたが、面白そうなブーチャンが一人いました。

彼は、小学校のとき【剣道】をやって、中学校では【柔道】をやっていたそうです。たしかにゴツイし若干プニプニしています。
そして、高校では格闘技を極めるべく【空手道】に挑戦するんだそうです。

彼は程なくその頭角を現し、三年生引退後は組手の部で堂々のレギュラーを掴みます。動けるデブ(いい意味でね。)というヤツですね。
さすがに柔道有段者だけあって、接近戦で相手を転ばせるのが上手です。剣道の足捌きが使えるので、踏み込みも早いしポイントの取り方を知っています。
彼はその後(我々の引退後)組手のエースとして県内でも注目の選手に育って行きました。いろいろ応用できて不器用な部分もあるけれど強かったです。

その6でも書きましたがチームはその後の県大会は負け無しでした。夏のインターハイ【全国高校総体】ではまたもやT先輩が優勝し、超強力な一期先輩たちは引退していきました。そのときの結果はコチラ

その最後の夏のインターハイ県予選で私は思わぬ経験をすることが出来ました。

それは組手の団体戦での決勝戦でした。
先輩の一人が調子を崩し、急遽私が5番手の大将をつとめることになってしまいました。(大将と言っても5番目に出るってだけのことですよ。勝ち抜き試合ではないので、オーダーとすれば1番手の先鋒と3番手の中堅にエース格を配置するのが常套手段です。)

コーチの組んだオーダーでは私の前の副将戦までで優勝を決めるはずだったのですがなんと2対2で私の大将戦になってしまいました。
緊張しましたがこのときのことはよく覚えています。

なぜか、ゼッタイ勝てると思っていました。

お相手はチームのキャプテンだったようですが、なんだか動きがよく見えて試合が始まってからも少し余裕を持って動けました。
たぶん相手のほうがよっぽど緊張していたんだと思います。この試合で最後かも。。とか3年間の集大成だ。。とかいろいろ頭をよぎったのではないでしょうか?
そして私は優勝を決める勝利をすることができました。

先輩や監督・コーチ・保護者の方々・後輩たちからこんなことはないって言うくらい褒められました。あんなに褒められたことはそれまでもそしてそれからもあの時一回だけです。
いわゆる美味しい役回りでした。嬉しかったです。

ちなみにその後、私はチームの優勝を決める試合を更に二度経験しました。その話はもう少し先で。。

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空手と私の成長~その7

続きです。

高校空手では大きな大会が二回あります。
甲子園ともイメージ的には同じですが秋の県予選→地区ブロック大会(関東大会とか東海大会とか)そして春の全国大会というひとつと、夏の県予選→全国大会(インターハイ)というひとつです。
そのほかに春の全国大会が終わってから高校総体→地区ブロック大会までというものもありますが、全国大会は二つあります。

秋の新人戦を制した新チームは目標を全国大会の優勝として更に練習に励みました。エースのT先輩は個人の部でも優勝を期待されています。(実は先輩は私が入学する直前の前回大会でも準優勝しています。そして夏の全国大会でも準優勝しているから期待度は高いです。)

迎えた2月の関東大会。
このときのシステムは関東を北ブロックと南ブロックに分けて一回戦を突破すれば全国切符が得られるというものでした。
予選は一位通過し、すると次に南北統一の決勝が行われます。ここで噂に見聞きしていた東京の強豪S学園(柔道なんかでも有名で金メダリストも輩出している)に負け、準優勝でこの大会を終えました。

3月末の全国大会でもこのS学園に敗れ、関東大会の順位のまま準優勝に終わりました。
エースT先輩は個人の部で見事優勝し、なんと他の二人の先輩も個人の部でベスト8入賞の快挙を成しました。
個人の部で入賞者が3人も出ているのに団体の部で勝てなかったのは非常に残念で力不足を痛感しました。
そのときの大会の結果はコチラ

団体形の部は春しか全国大会がないので来年に雪辱を果たせたらいいなぁ。と思いました。

これが私の二回目に経験した全国規模の出来事です。武道館の決勝のコートはとても言葉では言い表せない雰囲気を持っていました。記憶は断片的にしか残っていません。

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